ふぉん・しいほるとの娘/吉村昭

楠本イネ。その生涯はWikipediaを参照されたい。記録文学で知られる吉村昭の作品となれば尚の事、作品のあらすじとほぼ同様だ。しかしこれは小説。略歴の行間には登場人物たちの血が通う。

タイトルに「シーボルトの娘」とあるが、前半はその母親の存在が際立っている。シーボルトの馴染みの遊女であったらしいが、目を見張るような美人として描かれている。異国人のお抱え遊女である事に対する世間への憚りがある一方、ある程度身分のある男に見初められた安心感を垣間見せる。

父親であるシーボルトはどうか。

オランダ政府の密命を受けて来航したドイツ人の医師。目的は日本に関する情報の収集だ。住民に治療を施しながら徐々に信頼を得、大胆な収集活動をするようになっていく。その結末がシーボルト事件として後世に知られることとなるのだが。余談だが、そのドイツ人の拙いオランダ語に不信感を抱いた当時の日本の通訳たちがちょっと頼もしく思えたりした。

肝心の主人公・イネだが、父親であるシーボルトの影響からか医学に強い関心を持ち、ひとかどの女医に成長する。当時の女性を取り巻く環境から想像するに、イネの真摯な態度が時折涙ぐましい。

読了:2012年2月