終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ/木村元彦

「加害、被害、抑圧、被抑圧、その連鎖の中で傷つき、自民族こそが唯一の被害者であると深く信じて疑わない眼。」p.223。
民族浄化が行われた現地で、ある農民を取材した時の著者の言葉だ。

その眼の色が変わらない限り、民族の融和はありえないだろう。

セルビア人悪玉論が仕立て上げられて行われた空爆だったが、その後は被害者と加害者の立場が逆転した。難民、拉致問題などの諸問題が取り上げられているが、「世界の注目どころか、国内でも無視され切り捨てられている p.37」のが現状のようだ。そうかといって、セルビア人に対する同情を煽る内容の本ではない。著者の視点はどこまでもニュートラルだ。アルバニア人等他民族が受けた被害についても同様に述べられ、それぞれの民族の言い分を読んで分かる事は誰もが被害者であり、また加害者でもあるということだ。

本書からは、NATOによるユーゴ空爆後の現地の様子が伝わる。その一連の事件は当時一時的に報道されたのみだったが、コソボ地区をはじめとする現地では未だに惨状が続いていた。報道の終わりが必ずしも問題解決を意味するわけではないのだ。その後の現状を知りたくとも知る術を持たなかった私にとって、本書が伝える現地の状況は期待以上の取材記録だった。しかし一方で、予想通りの民族紛争が繰り広げられていたことを知ってしまったことが悲しい。

また、巻末にはあとがきに代えて柴宜弘氏との対談が掲載されている。彼が「ユーゴスラヴィア現代史」の著者であることを考えたとき、その対談には興味が尽きない。

読了: 2005年9月

そして2006年5月、モンテネグロ国民による投票の結果、彼らはセルビアから分離独立することになった。これで、旧ユーゴを形成していたほとんどの勢力が独立したことになる。彼らが一つの国家であり続けてきたこと自体に無理があったのだろう。ようやくそれぞれが、本来あるべき姿に戻ったということだろうか。