山椒魚戦争/カレル・チャペック

人間との出会いによって高度な文明を手に入れた山椒魚。その山椒魚がやがては人間の存在を脅かすというSF小説だ。

デヴィル・ベイ(魔の入江)に生息する黒い生物。上体を左右にくねらせながら不思議な歩き方をするその生物にJ・ヴァン・トフ船長が次第に距離を縮めていく。タパ・ボーイズと呼ばれた彼らにナイフを授けると、やがて貝をこじ開け真珠を採ってきたり、天敵のサメを退治したりと、学習能力が高い事を伺わせる。

やがては人間の言葉を真似るようになり、さらには新聞記事をも理解し自分の意見を持つにいたる。親子連れが発した言葉を復唱したり、タブロイド紙からの受け売りではあるが、見物に来た博士と軽い世間話を交わしたりと、このあたりから読者はタパ・ボーイズに対する好奇心が高まり、またある種の悪い予感をかすかに巡らせる。

人間の言葉を理解する事が知れ渡ると、今度は海の労働力として世界中で売買されるほどの市場価値が付けられた。身体能力や頭脳の優劣次第で個別に値段が付けられていくあたりは人間の黒い歴史をつい思い出してしまうが、読者にそう思わせるのが作者の意図なのかどうかまでは分からない。

ともあれ、経済活動の貴重な資源として山椒魚は徐々に人間社会に浸透する。保守的な労働者階級からの反感であったり、時には人命救助で表彰されたり、特に山椒魚の輸送船に牧師が乗り組み彼らに説教をする件などはユーモラスだ。

山椒魚に対する研究や実験も盛んに進められ、人道的な視点が当てられ、精神性が問われたり、教育が施されたり、責任能力が高いことから法律が施行されたりと、人間と同等の権利・義務を得、次第に市民権を拡大していった。

こうなると、デヴィル・ベイに自然に生息していた頃の野生タパ・ボーイズとは様子がまるで違ってくるのだ。人工的に繁殖された山椒魚たちの間で世代間の思想闘争が起こったり、武装して人間との武力紛争が起こったりと、SFにありがちな「対人間」の構図が明らかになってくる。海中での勢力を拡大し、数が増えすぎた山椒魚はいよいよ陸地を侵食せんとする勢いに達したとき、山椒魚総統(チーフ・サラマンダー)によるニュース放送が人間社会の終末を予感させる。

物語の終盤には前出のヴァン・トフ船長に山椒魚ビジネスの手引きをしたポヴォンドラ氏の悔恨や、「作者が自問自答する」というかたちで山椒魚対山椒魚、また人間の行末などについて述べられている。その記述は、人間の底知れない欲がもたらした負の連鎖に対する警鐘とも受け取れてしまうのだ。

読了:2013年11月