幕末新選組/池波正太郎

新撰組の生き残り、永倉新八が主人公。生い立ちから維新後の晩年までの新八の生涯が、江戸前気質に溢れた著者独特の語り口調で描かれている。

幼い頃からの興味は、やはり剣術だった。いたずらが過ぎたのも親から勉学を勧められていた事による反動からか。
やがて稽古を許された新八は目覚しい成長を遂げた。武者修行をする先で武州多摩の天然理心流道場・試衛館を訪ね、近藤勇と出会う。

近藤の人柄に惹かれた新八は土方、原田、山南、沖田など、後の新撰組の中核となる剣士たちと共に剣の腕を磨く。彼らにとっては、時世を論じるための思想など必要なかった。いよいよ世に出ようと言う時の動機も、恐らくは幕府への純粋な忠誠心から来たのだろう。無論、新八にとってもだ。

その後の新撰組の躍進は後世でも広く知られているところだが、それでいて、本書が新撰組の武勇伝だけでは終わらないところに、永倉新八が主人公である意味がある。

新八が苦手な同志に藤堂平助がいた。
初対面の時から生理的に嫌がっていた藤堂に、馴染みの遊女を寝取られ、さらに京で入れ込んだ芸妓の意中も藤堂だった。神経を逆撫でする存在だったに違いない。その藤堂を、池田屋事件では新八が危機一髪で命を救う。

人間としての行動を取った自分と、一方ではそれに釈然とし切れないもう一人の自分。折り合いがなかなか付けられない小さな葛藤だ。ちなみにこの事件を機に、二人は打ち解ける。やがて伊東派についた藤堂とは敵対するが、刃を交える演技をしながら藤堂を逃がそうとする新八。逃がし切れずに他の隊士に斬殺されてしまうのだが、新八が藤堂の遺体にかけた一言が、切ない余韻に浸らせる。

そしてもう一人、芹沢鴨だ。
試衛館出身の面々が扱いに手を焼いていた芹沢だったが、新八には何かと親しげに声を掛けて来る。新八にしか見せない芹沢の愛嬌、心の奥に見え隠れする絶望的な闇。それを、他の隊士たちは知らない。暗殺された芹沢に情けをかけてしまうあたりが、新八の甘さであり、情け深さでもあるのだ。

局長・近藤勇に対する見方も次第に変わっていった。あるいは近藤の態度が出世に伴い次第に変わって行ったと言うべきか。試衛館時代の同志を家来として接してしまう近藤に違和感を覚えるのだ。このあたりの機微は、著者の別作品、「近藤勇白書」にも見受けられる。そんな近藤を見て新八は新撰組を離脱。

時世が変わり東京で潜伏後、北海道小樽へ移住し晩年を過ごした。老いても尚、往年の名剣士としての凄みを見せるくだりがいくつか述べられているが、本書を読み進めてきた読者にとってはさもありなん、とうなずくばかりだ。

読了:2008年 11月