天下城/佐々木譲

戦国時代の築城の中でも特に石積みの技術に秀でた職人集団がいた。多くの石垣を築いてきた近江の穴太衆の一人が本書の主人公・戸波市太郎だ。

滋賀城陥落を目の当りにした少年時代の市太郎。以来、難攻不落の城を築かんと自らの夢を定めた。兵法者・三浦雪幹に師事し、漢籍を学びながら諸国の城を見て回る。城を見る目が肥え、多少の学問も身についた市太郎だが、まだまだ兵法者と呼ぶには程遠い。

師・雪幹の死により路頭に迷っていた市太郎が出会ったのが穴太衆だ。食うに困っていた市太郎は臨時雇いで石積み職人となり、口糊をしのいだ。穴太衆の棟梁・作兵衛は、市太郎の持つ石積み職人としての資質に気付き、本格的に職人となることを市太郎に勧めた。しかし市太郎の夢はあくまで軍師になること。彼は戸惑うが中途半端な学問と築城の知識で一人前になれるわけが無いこともわかっていた。しかし石積み職人としてならば、城作りに加わることが出来るかもしれない。市太郎は、現在の等身大の自分を正面から見つめることではじめて実のある人生を歩み始めたのだ。

石積み職人としての技術を磨き、メキメキと腕を挙げていく市太郎だったが棟梁の息子・源太郎の存在が市太郎を悩ませた。源太郎が親方の倅であれ何であれ、職人としての腕前は市太郎の方がはるかに優れているが、源太郎はそれに気付く様子もなく、また親方の期待を背負う市太郎の存在が目障りで仕方が無かったようだ。それに気付いた市太郎は仕事本来の作業に注ぐべくエネルギーの他に、源太郎への配慮もせざるを得なくなった。この源太郎と市太郎との間の温度差が、読んでいて辛い。

どこまでも鈍い源太郎はやがてそれなりの結末をむかえるのだが、一方で市太郎のもとには各地の武将たちから仕事の依頼が絶えなかった。そのキャリアの中での最高傑作といえるのが安土城だ。

市太郎が昔夢見た難攻不落の城。夢見た当時とは別の形で実現させつつあった彼だったが、夢は実現したのだろうか。

読了: 2006年12月