明智光秀/嶋津義忠

下克上、成りあがり。それぞれの意味は若干違うが戦国時代を象徴する言葉だ。農民から天下人となった秀吉に代表されるその表現だが、光秀はどうか。人生の出発点や彼の取巻き等を見ると秀吉よりも恵まれていたようだったが、実力主義の信長の下で頭角を現したと言うだけでも当時の特筆すべき人物だったことは容易に想像できよう。

射撃術に秀で、一軍を率いての戦も上手かった光秀だが、やはり知将としての印象が強い。本書では、光秀が土地々々を治める政治的手腕の見事さが印象的だったが、彼自身、戦よりも治世に身を費やすことを望んでいた節が見受けられる。そういう男が、戦場で指揮を取らなければならなかったところにその時代の不幸があったと言えよう。

戦に明け暮れる時代を変えるべく、自ら進むべき道を模索し続けた光秀。そんな彼が導き出した答えが信長だった。信長は、時代を変える。才能を高く買われ、活躍の場を与えられた光秀はやがて訪れるであろう信長の天下に希望を持った。しかし、いつしか信長の政策は光秀の抱く理想とは違うものとなってしまった。果たして、信長のやり方で戦乱の世が治まるのだろうか。確かに、信長の出現は新時代の基礎を築いた。しかし、そのための天才的な烈しさは、時代の流れと共に価値が変わる。端的に言えば、信長はもう、時代には必要が無かった。天下の民に幸福をもたらす事が光秀の本当の願いだったとするならば、あらぬ方向へ突き進まんとする晩年の信長に反旗を翻した理由に納得が出来る。

光秀は、自らが天下人となることを算段するよりも先ず、命懸けで信長の暴走を止めたのだ。

読了: 2005年6月