モオツァルト・無常という事/小林秀雄

モーツァルトがいかに天才的な音楽家であったか。ゲーテ、トルストイ、スタンダール、シェイクスピア等、種類の違う様々な芸術家たちを登場させながらモーツァルトが論じられている。

当然ながら著者自身が傾倒していた時期があったようだが、モーツァルトの曲から感じ取るものが常人とは違う。その世界で生きている人間や趣味が高じている人、あるいはもともとその手のセンスがある人ならまだしも、私には単なる心地よい「音」でしかない。その根底に「かなしさ」(tristesse、もしくはtristesse allante)を見出せるのは単に耳の問題だけではなさそうだ。 続きを読む

インテリジェンス人間論/佐藤優

著者が外交官時代に接した日本やロシアの権力者たち。著者だからこそ知りえたであろう彼らの意外な一面を知る事が出来る人物評集だ。

橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗等、歴代総理について章が割かれているが、彼らの「正」のイメージを垣間見る事が出来る。テレビ等で槍玉に挙げられ、常に「負」のイメージを植えつけられている我々には想像し難い彼らの側面(あるいは素顔)だ。(本書でも良い事ばかりを書いているわけではいないが。) 続きを読む

甲賀忍法帖/山田風太郎

徳川家の三代将軍は竹千代か、それとも国千代か。長年の敵対関係にある伊賀と甲賀が徳川家の後継者を賭けた代理戦争に臨み、10人対10人の忍法勝負が繰り広げられる。

タイトルが忍法帖というぐらいだから、選ばれた20人が繰り出す忍法は極めて意外性に富んでおり、多分に娯楽的だ。が、これは儚い恋物語でもあるのだ。 続きを読む

神の火/高村薫

元原発技術者でもあり、ソ連のスパイでもある。それが本書の主人公・島田浩二だ。そんな人物設定だから、《北》もアメリカもソ連も絡み、ある資料を巡って国際的な暗闘が繰り広げられる。

西側の原発技術を東側に流し続けていた島田は、原研を辞めて平凡な人生を送っていたが、彼を諜報員として育て上げた江口彰彦と再会するあたりから物語が動き出す。高塚良という、明らかにソ連が作り上げたと思われるロシア人風の日本人青年が登場したり、何をしでかすのか分からない幼馴染の日野草介が登場するが、著者が描く主要人物に共通して見られる何かが通底していて、「あぁ、高村薫が描く登場人物だなぁ。。。」と安堵する。 続きを読む

人間 坂口安吾/野原一夫

戦前、戦中、終戦と混乱の時代に出版社に勤めていた著者から見た坂口安吾。無名時代や売れっ子作家時代、さらにはプライベートな部分までが「恋愛」、「青春」、「狂気」、「闘争」、「家庭」の章に分かれて述べられている。

著者の仕事柄、多くの作家と会う機会がありそうなのだが、大衆に知られにくい同人誌に作品を発表していた安吾はまだ無名だった。著者も同僚から聞いて初めて知ったぐらいだ。その後、「堕落論」、「白痴」などを読んで衝撃を受けたが、連載作品の「花妖」は、読者に受け入れられずに未完となってしまった。編集を携わっていた著者は粘り強く再開を促したが、安吾が首を縦に振らなかったようだ。著者も安吾も残念だっただろうが、今となっては私も読んでみたかった。 続きを読む