江戸開城/海音寺潮五郎

勝海舟と西郷隆盛の交渉によって成立した江戸無血開城。「無血」とはいかにもスマートに事が運んだ印象だが、その目的のために奔走する勝海舟の心痛が伝わる作品だ。

その勝海舟、戦わずに官軍に城を明け渡す恭順降伏策が周囲に理解されない。同僚の幕臣にも、江戸市民にもだ。さらには将軍・慶喜にも煙たがられる始末。朝敵(賊軍)となってしまった状況で少しでも徳川家に有利な条件を用意していたにも関わらず。武家社会の感情として主戦論が主流になる事は当然といえば当然だが、勝は政治家としての自分の判断で動いた。 続きを読む

司馬遼太郎の随筆・対談集

アメリカ素描 司馬遼太郎 新潮文庫

単なる観光ではない、著者の目から見たアメリカの歴史、文化、文明が訪問先の風景を彩っていく。第二部、「ポーツマスにて」の章ではポーツマス条約調印に奮闘した小村寿太郎についてページが割かれているが、吉村昭の「ポーツマスの旗」を過去に読んでいたので親しみやすい内容に感じられた。

読了:2012年5月 続きを読む

天と地と/海音寺潮五郎

積極的に版図を広げたわけでもなく、痛快な成りあがりを見せたわけでもない。それでありながらも周囲にその存在を恐れられた上杉謙信。彼の生い立ちからライバル武田信玄との決戦までが描かれた戦国小説だ。

越後の守護代・長尾家に生まれた虎千代(後の謙信)。父・為景には疎んじられ続け、また幼くして母を亡くした。不遇だが、虎千代には後に天才的な戦振りを見せるその片鱗があり、またそれを知った取巻きが彼を盛り立てた。さらに、長尾家女中の松江や、戦の指南役とも言える宇佐美定家などの存在も印象的だ。 続きを読む

二本の銀杏/海音寺潮五郎

凶作続きで百姓一揆や打ちこわしが各地で相次いだ天保年間。物語の舞台である薩摩藩は比較的恵まれていたものの、農民たちの離散が続いていた。その対策として水路開削などの開墾策を立案・成功させたのが本書の主人公・源昌坊だ。

様々なハードルを乗り越え工事を成功させていく源昌坊らの様子を見ていると、達成感を味わうことが出来る。しかし、それだけで終わる小説ではない。この主人公、少々女癖が悪いのだ。小説に華を添えるロマンスと言えるものかどうか。あちこちで娘たちを夜這いする事を否定するつもりはないが、人妻にも手を出してしまうのだ。不倫。もう見境がない。 続きを読む

柳沢騒動/海音寺潮五郎

五代将軍・綱吉の後継者問題に一騒動を巻き起こした元凶の人と言われる柳沢吉保。しかし、それは俗説のようで、真相は違うところにあったようだ。

物語の前半は綱吉が幅を利かせている。後世においても悪評高い生類憐憫令や愛犬令などが発令されるに至った経緯などが描かれ興味深いが、そこには綱吉の取り巻きによる権謀術数や彼の人的欠陥が起因しているようだ。綱吉の言動には上様としての資質のみならず、人道的なモラルの有無すらも問わざるを得ない多くの疑問点が見受けられる。綱吉の下で奉公する実直な忠臣が登場するのだが、彼らが実に不幸なのだ。読んでいて辛い。その忠臣が被った事件こそが、著者の言わんとしている真相に大きく絡んでいるのだが。 続きを読む