武揚伝(上・下) 佐々木譲 中央公論新社
幕末維新の政変において旧幕府軍の海軍を率い、薩長率いる新政府軍と最後まで戦い抜いた榎本武揚の人生を描いた小説。
幕臣の家に生まれ育った釜次郎(のちの武揚)は利発で好奇心旺盛な少年だった。彼の父親は測量術と天文学の専門家であり、彼の、地球儀を眺めながらのグローバルな話題は釜次郎を夢中にさせた。釜次郎の後生を形成した大きな要因だった。
少年期は昌平坂学問所で朱子学を学ぶが、退屈感を覚えた釜次郎には身に付かなかった。物足りなさを感じたのだろう。釜次郎は思想教育的な色合の濃い朱子学よりも、物を作り出す実学を実践可能とする蘭学に興味を持ち、のちに英龍塾で蘭語の基礎を学んだ。また、欧米文化に強い興味を示す釜次郎は、アメリカ帰りのジョン万次郎の体験談や黒船来航に強烈な刺激を受けた。
船に関する学問と仕事。おぼろげながらも釜次郎が描いた将来の目標だった。
やがて彼は海軍伝習所の試験に合格し、造船と蒸気機関学を重点的に学んだ。卒業後、軍艦操練所の教授を経て念願のオランダ留学を実現させた。留学中には理化学、蒸気機関学、海洋学や国際法を学んだが、その傍らで欧州諸国を廻り、近代設備の見学も怠らなかった。また、プロシア・デンマーク戦争を見学した際には、近代戦争の在りようを目の当たりにした。
帰国後は旧幕府軍の海軍を率い、新政府軍との徹底抗戦を主張。が、将軍慶喜の態度は煮え切らず、結局江戸城は無血開城となってしまった。江戸を占拠した新政府軍の在り方に異を唱えた武揚は脱走を決意し、世界に通用する自治州を起さんと同士を募って蝦夷地への集団移住を試みた。共和政に似た近代的な政治方針を打ち出し、豊富な資源を開発することで自治州成立が充分可能であるかのように思えたが、五稜郭での戦いに敗れ降伏。
鳥羽・伏見、戊辰戦争に敗れた旧幕府軍は事実上瓦解。しかし、英語、フランス語、オランダ語が堪能で、欧米諸国との交渉能力に秀で、また今後の国際社会に不可欠な国際法を身に付けている武揚を、新政府軍は放ってはおかなかった。武揚は維新後の明治政府の大臣職を歴任した。
脱走後からのストーリー展開には迫力や緊張感が漲っていた。また、武揚が演説を行うシーンや、将兵たちがラ・マルセイエーズを大合唱するくだりには心が震え、読後の余韻が心地良かった。
読了: 2002年12月

写真は墨田区梅若公園に立像する榎本武揚像
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