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世に棲む日日(一〜四) 司馬遼太郎 文春文庫


最も活発な討幕運動を繰り広げた長州藩。その原動力となった吉田松陰の思想を追い求めた人生と、その思想に最も影響を受けた弟子の高杉晋作。

まずは物語の前半。吉田松陰の生い立ちを読むと、彼の家庭教師の影響が後々の松陰の人格を形成したといっても良さそうだ。その教育思想は多分に狭であり、また狂でもあった。侍の一挙手一投足は公のためのみにあり、そこには微塵の私情さえも許されない。本を読む姿勢が悪い、痒さに耐え切れずに顔を掻いた、などといった場合には容赦無い折檻が松陰を襲った。松陰は過度の体罰のために危うく殺されかかったといって良い。そのくせ、松陰は相手を恨むことはおろか、拗ねるということが無かった。天性の明るさといって良いだろう。が、松陰は社会的に幼すぎた。脱藩後、諸国を歩いて人物を訪ね、見聞を広げたまではいい。しかし、外国の艦隊に密かに近づき密航を試みたというあたりはいかがなものだろう。先進国をこの目で見たい、という旺盛な知識欲は認めるが、策を持たない突発的な言動が、彼には多すぎた。著者は、吉田松陰をして「狂」という表現をしばしば用いていたが、的を射ている。

ここで、肝心の攘夷思想について若干述べてみたい。
幕末の気運が高まる数年前、隣国では清がイギリスに敗れ、その後は列強諸国にいいように食い物にされた。そのことは、海外事情に明るい当時の知識人たちの間に知れ渡っていた。彼らが抱いたであろう危機意識を考えると、攘夷という一つの思想が生まれたのは自然の成り行きだったと言えよう。松陰は、その攘夷思想の純度を危険なまでに高めていったのだった。

そして後半、物語の主役は高杉晋作へと移り変わる。

松陰と晋作との間には決定的な違いがあった。松陰は彼なりの思想を極めたが、思想には巧みなロジックを用いて空想や嘘を積み上げていくような側面がある。しかし、晋作は徹底した現実家であり、また有能な戦略家でもあった。晋作が活躍した時代には、(松陰の死後僅か数年でしかないが)思想はあくまで行動を起こすための口実でしかなかった。そして長州藩が、列強や幕府軍を相手取った戦争や数々の風雲の中心には、常に晋作がいた。藩が、彼を必要としていたのだ。まさに激動と言う表現が当てはまっていた当時、長州藩は藩論を二転、三転させたが、その背景には晋作をはじめ、伊藤や井上といった気鋭の志士たちが知恵を絞りつづけていた様子が伺える。常に行動を欲していたように思えた晋作だったが、彼の辞世にはそれが端的に表現されている。

「おもしろき こともなき世を おもしろく」

晋作はこの時代に生きた行動家としては珍しく、畳の上でその生涯を終えている。

読了: 2003年4月

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