峠/司馬遼太郎

越後長岡の一藩士から郡奉行、町奉行、やがては家老、総督に立身し、幕末の藩政改革に尽くした河井継之助が主人公。

冒頭から継之助の苛烈な性格が伺える。
江戸遊学を藩に願い出るくだりも、わざわざ大雪の中で江戸に出発するくだりも、自分がこれと信じた事に関しては行動せずには居られないような人物だ。事なかれ主義に慣れきった周囲からすればちょっとした厄介者であろうことが感じ取れる。その苛烈さは、彼の血肉となっている陽明学が影響しているらしい。よほど強烈なものを内に秘めていたのであろう。 続きを読む

吉田松陰/山岡荘八

幕末の英雄の一人に数えられるであろう吉田松陰。本書は松陰の母・お滝が杉家(松陰の生家)に嫁ぐくだりから物語が始まる。

その杉家だが、お滝が嫁いだ当初は眼を覆いたくなるばかりの不幸続きで陰気に満ちていた。しかしお滝は、杉家に明るさを取り戻さんと奮闘するのだ。夫・百合之助(松陰の父)もまた、背負った不幸に背を向けずに毎日を勤勉に生き抜いていた。その二人の直向な姿が感動的であり、崇高ささえ覚える。松陰はそんな家庭に生まれた。 続きを読む

長英逃亡/吉村昭

高野長英。鎖国を批判し投獄されたが、約五年後に脱獄に成功。その後の長英の逃亡生活を克明に描いた小説。

オランダ書の和訳に人生をかけた長英の情熱は、獄中でも消えることがなかった。脱獄を決意した長英は、計画的放火に伴い脱獄に成功。極度の緊張感の中での逃亡生活で、長英は心身ともに疲労を極めるが、オランダ兵書を和訳したい、という思いだけが彼を支えていた。 続きを読む

アメリカ彦蔵/吉村昭

少年、彦太郎(のちの彦蔵)が船乗りになり海に出るが、航海中に船が遭難。漂流生活を送る中、異国船に遭遇し、米国船・オークランド号に助けられ渡米。

船内や米国で思わぬ厚待遇をうけた。やがてカトリック教徒になるが、日本はキリスト教禁制下であったため、米国に帰化してからアメリカ人として日本に帰国した。 続きを読む

黒船/吉村昭

主人公・堀達之助は通詞という、現代で言うところの通訳や翻訳を手がける職能人の一人だった。ペリー来航時には主席通詞として交渉の場に臨んだが、両国の激しい主張を直訳する事をためらい、僅かに表現を和らげてしまうあたりに通詞の泣き所を垣間見た。

重責を果たした堀だったが、その後の人生は決して華やかなものではなかった。国政に反した廉で投獄されたのだ。奉行宛に外国人から受け取った文書を読んだ堀は、体裁、内容共にそれを公の文書として見なさず、自らの判断で自宅に保管したのだが、それを咎められた。 続きを読む