関東大震災/吉村昭

「地震計の針の大部分は記録紙の外に飛び出し、さらに震動が激化すると同時に破損してしまっていた。」(本文より)

大正12年9月1日、災害当時の地震学教室での1シーンだ。群発地震に脅える市民や、自らの学説を断固譲らない地震学者たちの様子を描くことから始まるこの作品は、緊張感と共に「その時」を読者に予感させる。 続きを読む

羆嵐/吉村昭

一頭の巨大な羆の出現が平穏な村を戦慄させた。北海道天塩山麓の開拓村で起こった獣害史上最大の惨劇にまつわる一部始終を語った小説。

とある一家の軒下に干されたトウキビが羆に食い荒らされた。その夜は馬が異様にいななき、忍び寄る恐怖が否応にも読者に伝わってくる。羆の行動は次第に大胆になり、やがて人を襲うようになった。被害者の死因が羆によるものだと判明した後はまさに恐怖の連続。 続きを読む

始祖鳥記/飯嶋和一

ひたすら空を飛ぶことを夢見た男がいた。巨大な凧を作り自ら空を舞い、鳥の鳴き声を真似て幕府の悪政を批判する幸吉。人々は伝説の怪鳥が現われたと畏怖の念を抱くと同時に、日ごろの鬱憤を晴らす思いをも抱いていた。

しかし、やがて役人に検められ遠隔地へ追放される。全てを忘れ新しい生活を得た幸吉だったが、ふとしたことから凧作りを再開することになった。幸吉は一心不乱に凧作りに没頭し、やがて忘れかけていた飛ぶことへの情熱が甦る。 続きを読む

三陸海岸大津波/吉村昭

明治29年、昭和8年、昭和35年の三度に渡り三陸沿岸を襲った大津波。当時の記録や体験者の話などから大津波の前兆や惨状などが克明に読み取れる取材記録だ。

津波の前兆の一つとして地震が挙げられるのは良く分かるのだが、本書で述べられているそれはさらに詳細だ。印象に残った例で言えば、例年にない大量の漁獲高や井戸水の渇水・汚濁、急速な干潮、津波直前・直後に聞こえる砲撃音に似た大音響などだ。この作品を読んでいる以上、その後の大津波が当然予想される。それだけに、各市町村の事例を述べられれば述べられる程そんな前兆が不気味に思える。 続きを読む

漆黒の霧の中で 彫師伊之助捕物覚え/藤沢周平

「だが伊之助は凄腕の岡っ引と呼ばれた男である。胸の中に昔の勘が動いていた。」本文より。

江戸時代を舞台に繰り広げられる捕物小説だ。川岸に上がった水死体の素性調査を始めた主人公・伊之助。しかし、調査が進むに連れ第2、第3の事件が起り伊之助の身も危険に晒されて行った。探偵物にありがちなパターンだが、そこには江戸時代に生きる町人たちの細やかな人間模様も描かれており、典型的な時代小説の良例だ。 続きを読む