彰義隊/吉村昭

鳥羽・伏見の戦いに敗れ、さらには薩長の策略で朝敵となってしまった将軍・徳川慶喜。薩長を参謀とする朝廷軍は江戸への進撃の構えを見せるが、慶喜は江戸を戦火から守るべく朝廷軍に対して恭順策を取る。しかし、江戸を武力で制圧したい朝廷軍は慶喜の恭順を受け入れようとしない。

慶喜の恭順策を成就させるべく朝廷軍との交渉に挑むのは東叡山寛永寺山主・輪王寺宮だ。そしてその宮を警護するのが幕府への忠誠心が厚い彰義隊。物語の序盤は彰義隊結成の経緯から敗戦までが主に描かれているが、中盤以降は輪王寺宮の動向が主に描かれている。 続きを読む

魔群の通過 -天狗党叙事詩-/山田風太郎

幕末にひと騒動起こした水戸藩の天狗党。彼らの挙兵のいきさつは思想の影響だったり御家事情の拗れだったりと複雑だ。そんな天狗党の乱の一部始終が語り口調で進んで行く、文字通りの叙事詩。

語り手は天狗党首領・武田耕雲斎の四男。騒動から約30年後に当時を思い出しながら語っていくという設定だ。騒乱の中心人物というわけではないが、軍の中枢から離れていたというわけでもない。当時の様子を具体的且つ客観的に見るのには程よい位置に居た人物といえる。 続きを読む

江戸開城/海音寺潮五郎

勝海舟と西郷隆盛の交渉によって成立した江戸無血開城。「無血」とはいかにもスマートに事が運んだ印象だが、その目的のために奔走する勝海舟の心痛が伝わる作品だ。

その勝海舟、戦わずに官軍に城を明け渡す恭順降伏策が周囲に理解されない。同僚の幕臣にも、江戸市民にもだ。さらには将軍・慶喜にも煙たがられる始末。朝敵(賊軍)となってしまった状況で少しでも徳川家に有利な条件を用意していたにも関わらず。武家社会の感情として主戦論が主流になる事は当然といえば当然だが、勝は政治家としての自分の判断で動いた。 続きを読む

ふぉん・しいほるとの娘/吉村昭

楠本イネ。その生涯はWikipediaを参照されたい。記録文学で知られる吉村昭の作品となれば尚の事、作品のあらすじとほぼ同様だ。しかしこれは小説。略歴の行間には登場人物たちの血が通う。

タイトルに「シーボルトの娘」とあるが、前半はその母親の存在が際立っている。シーボルトの馴染みの遊女であったらしいが、目を見張るような美人として描かれている。異国人のお抱え遊女である事に対する世間への憚りがある一方、ある程度身分のある男に見初められた安心感を垣間見せる。 続きを読む

くろふね/佐々木譲

浦賀奉行の与力として海防を学び、幕末の対米交渉にも携わり、さらには西洋造船も手がけた幕臣・中島三郎助が主人公。

外国船打払冷で出動した際に初めて黒船を間近に見た。それが彼の人生の始まりだったといっていい。海防の仕事で台場に勤め、砲術を会得するが、砲台の貧弱さは歴然。向上心・好奇心の強い三郎助はアメリカ文明の摂取に傾倒した。 続きを読む