魔群の通過 -天狗党叙事詩-/山田風太郎

幕末にひと騒動起こした水戸藩の天狗党。彼らの挙兵のいきさつは思想の影響だったり御家事情の拗れだったりと複雑だ。そんな天狗党の乱の一部始終が語り口調で進んで行く、文字通りの叙事詩。

語り手は天狗党首領・武田耕雲斎の四男。騒動から約30年後に当時を思い出しながら語っていくという設定だ。騒乱の中心人物というわけではないが、軍の中枢から離れていたというわけでもない。当時の様子を具体的且つ客観的に見るのには程よい位置に居た人物といえる。

心ならず賊軍となってしまった天狗党は京を目指して行軍を開始する。天子に志を伝える事で地位の回復を目論んだのだ。この、那珂湊からの行軍が凄惨過酷。諸藩の擁護が得られない彼らは、厳寒の山道を野宿や戦闘を交えながら五十日間歩きに歩く。

その行軍の中では、いくら志を掲げ、軍規を引き締めても行く先々での狼藉は相当数行われていたようだ。「やっている事はやっぱり賊軍なのではないか?」、思わざるを得ないほど、まさに本書のタイトル通りの「魔群」ぶり。

福井の山中で降伏を決めた天狗党は敦賀に護送されるが、彼らが投げ込まれた鰊蔵での惨状には心が折れる。行軍中の辛苦を読んできただけに、その最後に罪人としての扱いを受ける事になってしまった無念さ。

事件後、天狗党残党による復讐劇が展開されるが、討つ側も討たれる側も、そこまで多くの人々の血を必要としたこの騒動は何だったのだろうかと考え込まざるを得ない。無計画で衝動的な行軍であったという印象が拭えないが、挙兵せざるを得なくなるような複雑な状況に置かれた彼らにも情を向けたい。

読了:2013年5月

弘道館

写真 水戸藩所縁の弘道館。館内には藤田東湖、武田耕雲斎、徳川斉昭、徳川慶喜などの肖像画を始め多くの資料が展示されている。水戸藩主体の小説を読んでここを訪れると感慨深い。

鰊蔵

写真 水戸市回天神社の鰊蔵。牢獄代わりに一棟50名が幽閉され、後に斬首された。
敦賀市から移築されたもの。

水戸勤王殉難志士之墓1区

写真 同境内、水戸勤王殉難志士之墓(1区)

水戸勤王殉難志士之墓2区

写真 同じく水戸勤王殉難志士之墓(2区)

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