甲賀忍法帖/山田風太郎

徳川家の三代将軍は竹千代か、それとも国千代か。長年の敵対関係にある伊賀と甲賀が徳川家の後継者を賭けた代理戦争に臨み、10人対10人の忍法勝負が繰り広げられる。

タイトルが忍法帖というぐらいだから、選ばれた20人が繰り出す忍法は極めて意外性に富んでおり、多分に娯楽的だ。が、これは儚い恋物語でもあるのだ。

伊賀の「お幻」と甲賀の「甲賀弾正」。

今でこそ二人は両家の頭領だが、かつては恋人同士。憎しみ会う両家にあって難しい恋を経験している。その二人の孫同士が、やはり恋仲なのだ。敵対関係を解消させて結ばれたい「甲賀弦之介」と「朧」。二人の恋の行方にも注目されたい。

話は忍法勝負に戻る。

誰が誰を、どんな術で破ったという話はここでは触れないが、私が思うこの団体戦でのキーマンは甲賀の如月左衛門。彼の術で敗れた伊賀者の心情を思うと気持ちが重くなるが、さらっとやってのける冷徹さを感じさせる一方で、破った相手に対する何らかの情を垣間見せるところが人間らしい。その人間らしさが、化け物ぞろいの本書の中で特に際立つのだ。妹のくノ一「お胡夷」との別れも涙を誘う。

くノ一たちも当然ながら色っぽい。前述した「お胡夷」、同じ甲賀の「陽炎」や伊賀の「朱絹」。女の武器が十分に生きる術を披露されようものなら男性読者は蕩けてしまうだろう。

伊賀側のキーマンは「薬師寺天膳」。

悪役を絵に描いたような人物設定だ。「朧」を手篭にするくだりや、「陽炎」をなぶり殺しにするくだりなど、そのサディスト振りはとにかく憎らしい。無敵なキャラクター故に、その感情は一層募る。

血で血を洗う忍法勝負は弦之介と天膳の一騎打ちで幕を閉じるが、そこに至るまでのそれぞれの勝負には個々の生活背景がしっかりと描かれ、彼等を思う度毎に無念を感じ、また時にはしてやったりの感情も生まれる。そこには単なる勝った負けたで済ませられる活劇以上の、多くの思惑が複雑に折り重なった人間ドラマも見ることが出来るのだ。

ちなみに、この作品は「バジリスク」というタイトルでアニメ化されている。如月左衛門、くノ一、天膳などそれぞれの感情がより豊かに脚色されており、原作では気付かなかった登場人物たちの細やかな心の動きが感じられた。

読了:2012年12月