火天の城/山本兼一

熱田の宮大工だった主人公の岡部又右衛門。その仕事ぶりが長年にわたって信長に評価され、後に安土築城を命じられる。言葉数の少ない信長の意向を漏らさず汲み取り、イメージ通りに仕上げていく又右衛門の職人振りはお見事だ。

しかし信長の又右衛門に対する要求は常に斬新で、且つ厳しい。生唾を飲み込むような緊張感の中で、あらゆる可能性を見出そうとしていく又右衛門の様子からは番匠としての誇りや好奇心が感じられ、今後織田家と共に気運を高めていくであろう将来が想像できる。 続きを読む

見知らぬ海へ/隆慶一郎

徳川軍との戦に備え、籠城の構えを見せる持舟城の向井水軍。主人公・正綱はしかし、その最中に城を抜け出し釣りに耽る有様だ。

何となく周囲の異変に気付きながらも、一度針にかかった大物を釣り上げる事に夢中の正綱。大物を仕留めはしたが、気が付けば城は炎上。留守の間に徳川軍に攻め入られ、父も、慕う義兄も、戻るべき城も失った正綱。泣きじゃくり自らも死を望んだが、城を抜け出した父の側近に厳しくたしなめられ、向井水軍の再生を誓う。 続きを読む

利休にたずねよ/山本兼一

茶道とはかくも奥深いものか。利休の執拗なまでの美への追求は単にお茶の味のみにあらず、茶室内の空間、茶碗の趣、さらには料理にいたる。これらは、わざとらしく工夫を凝らして相手に気付かれるようではあざとくて駄目なのだ。嫌味が無く、あくまで自然に茶を楽しむ空間作りをしなければならない。利休の繊細な審美眼のみが、その空間作りを可能にする。

例えば柄杓ひとつをとっても、茶室に飾る花一輪をとっても、利休はその道具の形状をミリ単で観察し、その選定に命を削っているかのようだ。その情熱の根源は作品を読み進めていく過程で徐々に明らかにされるのでここで詳細には触れないが、一言で言えば若い頃の衝撃的な恋に起因している。 続きを読む

一夢庵風流記/隆慶一郎

戦国末期。奇をてらった行動を好む武辺者・前田慶次郎の人生を描いた小説。

期せずして、武家社会での立身出世の道を断たれた慶次郎。歴史の表舞台には全くと言っていいほど姿を現さない。彼の人格を紡ぎ出すための資料が少なかったせいか、著者自身による想像で作り上げられたであろう箇所がほとんどだが、それが読者にとっての幸運。著者によって命を吹き込まれた様々な逸話に笑い、泣き、そして興奮する。 続きを読む