見知らぬ海へ/隆慶一郎

徳川軍との戦に備え、籠城の構えを見せる持舟城の向井水軍。主人公・正綱はしかし、その最中に城を抜け出し釣りに耽る有様だ。

何となく周囲の異変に気付きながらも、一度針にかかった大物を釣り上げる事に夢中の正綱。大物を仕留めはしたが、気が付けば城は炎上。留守の間に徳川軍に攻め入られ、父も、慕う義兄も、戻るべき城も失った正綱。泣きじゃくり自らも死を望んだが、城を抜け出した父の側近に厳しくたしなめられ、向井水軍の再生を誓う。

が、それでも尚、正綱は釣りをやめない。「魚釣り侍」と清水湊の海賊衆に揶揄されていても、家族になじられても、「だって本当のことだからね」、と笑って意に介さない。ここまで堂々とされてしまうと、読者としてもあきれるどころか、却って凄みを感じてしまうから不思議だ。手の平を返すように人が変わってしまうような男は逆にダメなのかもしれないと関心してしまうのだ。事実、物語序盤のこの一言から正綱を好きになる。

そんな正綱、海に出るとやはり腕は立つ。敗戦直後の弱小水軍を鍛え上げ、北条水軍の巨大な安宅船に対して巧みな奇襲作戦を試みる。この北条水軍は作品全編を通して正綱の宿敵となるが、向井水軍による息もつかせぬ海戦描写が爽快だ。時に鳥肌が立ち、また時には心の中で喝采を送る。

向井水軍の個性的な面々にも注目したい。持舟城での敗戦での生き残りで海には滅法強い海坊主、神がかり的な砲術を見せる弥助など。そして二人の息子との父子関係も印象深い。

初読から約20年後に再読してからの感想となったが、当時の感動が思い起こされ、改めて著者が描く「いくさ人」の爽やかさに唸った。

読了:大昔(笑)