死ぬことと見つけたり/隆慶一郎

武士道とは死ぬことと見つけたり。

鍋島藩浪士、斎藤杢之助は「葉隠」を武士の哲学とし、死人としての生を送る。また彼は鉄砲の名手であり、そのいくさ人としての心意気が作品の至るところで見受けられた。同じく鉄砲の名人、下針金作や、「心の一方」の使い手である松山主水との決闘はなかなかにきまっていた。

本書のあらすじをとらえるがなぜか困難だったわけだが、その理由は全て初めの十数ページにあったようだ。いわば冒頭といって良い部分で、著者がなぜ「葉隠」に魅せられたのかを述べているが、その理由は断片的にとらえているが故の面白さであったことを正直に語っている。つまり「葉隠」で言わんとしている思想や、誰が何をした、というのも次第にどうでも良くなり、登場する人間像だけに知的興奮を覚えていたようだ。そんなことを冒頭で述べられたものだから、わたしも著者が「葉隠」を読んだように本書を読みすすめていたのだった。

島原の乱鎮圧軍に加勢した際、杢之助と求馬は一番乗りを果たすが、その後に二人が求めた論功行賞にあまりにも差がありすぎた。求馬はより高い地位を手に入れたが、杢之助は地位による不自由さを嫌い浪人のままでいることを望んだ。このあたりがいかにも隆慶一郎の作品っぽくてファンにはたまらない。浪人として比較的自由な人生を歩む主人公・杢之助と、出世を目指し藩組織の中で骨っぽく生きる中野求馬。そしてまた杢之助のいくさ人としての生き様に惚れこんだ萬右衛門。この三人やその他の登場人物はみな魅力的だ。

読了: 1992年