熱田の宮大工だった主人公の岡部又右衛門。その仕事ぶりが長年にわたって信長に評価され、後に安土築城を命じられる。言葉数の少ない信長の意向を漏らさず汲み取り、イメージ通りに仕上げていく又右衛門の職人振りはお見事だ。
しかし信長の又右衛門に対する要求は常に斬新で、且つ厳しい。生唾を飲み込むような緊張感の中で、あらゆる可能性を見出そうとしていく又右衛門の様子からは番匠としての誇りや好奇心が感じられ、今後織田家と共に気運を高めていくであろう将来が想像できる。
築城の現場にはあらゆる職人たちが集い、実に活気がある。主人公の又右衛門は最高の木材を求めて奔走し、また木組みをしていく様子が圧巻だ。そのスケールで城の頑丈さ、巨大さが感じられる。一方では石垣職人が巨石を運び、また一方では瓦職人が鮮やかな色を焼き上げる。
しかし、そんな賑わいを周辺の敵国は黙っていない。六角や武田が放った忍があらゆる手段で築城妨害を企てる。不吉な落書きがあったり、地鎮祭では爆発騒ぎが起こったり、巨石を山頂へ運ぶ作業でもまた爆破事件が起こる。さらには不自然に蔓延した疫病だ。総棟梁の又右衛門は事態の収拾に努めたり、職人同士の諍いをなだめたりと、混乱する職場をまとめ上げるのに忙しい。
そんな又右衛門の息子が以俊だ。彼をいつまでも半人前扱いする父・又右衛門に不快感を抱き続けるが、部下の人心掌握にも長け、また単に城の構造のみならず、加えて戦の知識も豊富な父の壁はなかなか越えることは難しそうだ。父の又右衛門から見ると以俊には常に何か一つ配慮が足りない。築城のスケール、緻密さを読み進めていくのが本書の楽しみの一つだが、しかしこの以俊の成長過程にもひとつ目を向けたい。
病気や過労で父・又右衛門が何度か現場を離れた際、以俊にとっては目障りな存在でしかなかったはずの父の総棟梁としての器量を知り、以俊は途方に暮れる。
「木を組むのが番匠の仕事で人を組むのが棟梁の仕事。」この言葉を胸に秘め、番匠としても棟梁としても物足りなかった以俊は少しずつ「らしさ」を身に付けていく。まあ、このままで小説が終わったら余りにも以俊がかわいそうだな、というぐらい又右衛門にこき下ろされ続けて来たわけで、終盤にきて読者として一安心。
信長の数知れぬわがままに、多くの職人たちが命がけで応えて完成された安土城だが、その運命は本書のタイトルが示す通り、いかにも戦国の世を反映しているようだった。
読了:2014年2月