近藤勇白書/池波正太郎

「燃えよ剣」、「黒龍の柩」、幕末の新撰組を描いた小説の主人公はいずれも土方歳三だった。しかし、本書の主人公は新撰組局長・近藤勇だ。局長、とは後の肩書きだが、新撰組結成以前は剣術道場・試衛館の主だった。

門弟たちに慕われていたのだろうか、永倉、沖田、土方などが近藤に接する言葉や思いには屈託がなく、また深い親しみを感じる。近藤は朧気ながらも志を立て、やがて新撰組を結成し活躍が認めらた。しかし、近藤が出世しようとも彼らの近藤に対する気持ちは変わらなかったようだ。近藤が身分相応にどれだけ威風を正そうとも、門弟たちはどこか彼を茶化してしまうのだ。その様子がどこか微笑ましい。試衛館時代の「近藤さん」のままでいて欲しかったのだろう。 続きを読む

薩摩燃ゆ/安部龍太郎

幕末の薩摩藩が抱えていた膨大な借金。その財政改革のために奔走した調所笑左衛門広郷が主人公だ。

金策とは言え、そのほとんどが正当なものではなかった。心当たりのある貸主を回る程度ならばまだわかるのだが、密貿易、サトウキビ栽培の搾取、藩が抱える借金の踏み倒し、贋金造りなどにも手を染めた。 続きを読む

ジパングの艦/吉岡道夫

滅び行く幕藩体制の中にありながらも新国家設計に心血を注いだ幕臣小栗上野介忠順の生涯を描いた小説。

小栗は少年時代、学者が開いた私塾で横井小楠が唱える開国通商論に新鮮な刺激を受けた。そんな小栗が小楠とのやりとりの中で特に興味を抱いたのは軍艦造りだ。外国から買うばかりではなく自国で造船し、さらに外国に修理を頼まず自国のドックで修理作業を行えば時間も資金も節約できるからである。 続きを読む

胡蝶の夢/司馬遼太郎

活躍の舞台は幕末の長崎。蘭方医学の発展に尽くした松本良順を描いた小説。

良順の実父は蘭方医・佐藤泰然。佐倉順天堂の開祖でもある。その泰然が、良順を養子に出したのだが、養父・松本良甫の家業は漢方医学を旨とする官医。しかし、その官医の中で最も権力を有する多紀楽真院が蘭方医学に理解を示さなかった。ここで良順は漢方医学を猛烈に学ぶのだが、要は底意地の悪いいじめに耐えていたのだ。多紀楽真院に押し付けられた無理難題にも応えた。そのくせ、普段は飼い殺しの状態に近く、仕事らしい仕事がない。 続きを読む

燃えよ剣/司馬遼太郎

新撰組。当時はその名前を聞いただけで倒幕派の浪士たちは戦慄した。そんな屈強の剣客集団の興亡を描いた小説だ。

物語は土方歳三を中心に展開していく。武州多摩で生まれ育ち、ごろつきのような生活を送った歳三。近藤勇や沖田総司らとともに天然理心流を学んだが、それは、桂小五郎に代表される神道無念流や坂本竜馬に代表される北辰一刀流などに比べると、世間の認知度が低い田舎剣術だった。しかし、真剣での闘いは滅法強かった。食えない貧乏道場だったが、やがて京都守護職会津中将様御預浪士という法的・金銭的な後ろ盾を得るに至った。新撰組の誕生である。 続きを読む