二本の銀杏/海音寺潮五郎

凶作続きで百姓一揆や打ちこわしが各地で相次いだ天保年間。物語の舞台である薩摩藩は比較的恵まれていたものの、農民たちの離散が続いていた。その対策として水路開削などの開墾策を立案・成功させたのが本書の主人公・源昌坊だ。

様々なハードルを乗り越え工事を成功させていく源昌坊らの様子を見ていると、達成感を味わうことが出来る。しかし、それだけで終わる小説ではない。この主人公、少々女癖が悪いのだ。小説に華を添えるロマンスと言えるものかどうか。あちこちで娘たちを夜這いする事を否定するつもりはないが、人妻にも手を出してしまうのだ。不倫。もう見境がない。 続きを読む

堀部安兵衛/池波正太郎

高田馬場の決闘で一躍その名を知られ、また吉良邸に討ち入った赤穂浪士の中心人物だ。

しかしこの男、少年時代より目を覆いたくなるような不運を潜り抜けている。父の切腹を目の当りにし、その切腹に追い込んだ男を斬り脱藩。逃亡生活の中で命を救ってくれた男には自分の女を寝取られ、その後は情欲に突き動かされたような放浪生活を送る。安兵衛の余りの情け無さが気の毒に思えてしまうのだが、一方で損得抜きで行動を起こす主人公に対する羨望をも抱く。 続きを読む

密室大阪城/安部龍太郎

徳川家康によって天下が統一された江戸期初頭、当時最大の反対勢力であった豊臣軍の人々を描いた小説。

関ヶ原以後、時世は豊臣家から徳川家に大きく傾いていった。当時、豊臣家にとって最後の砦となった大阪城は徳川軍に完全に包囲されていた。タイトルが示すとおり、”密室”だったわけだ。当時の城主は秀吉の嫡男・豊臣秀頼。その秀頼が抱えていた悩みについて簡単に触れてみたい。 続きを読む

柳沢騒動/海音寺潮五郎

五代将軍・綱吉の後継者問題に一騒動を巻き起こした元凶の人と言われる柳沢吉保。しかし、それは俗説のようで、真相は違うところにあったようだ。

物語の前半は綱吉が幅を利かせている。後世においても悪評高い生類憐憫令や愛犬令などが発令されるに至った経緯などが描かれ興味深いが、そこには綱吉の取り巻きによる権謀術数や彼の人的欠陥が起因しているようだ。綱吉の言動には上様としての資質のみならず、人道的なモラルの有無すらも問わざるを得ない多くの疑問点が見受けられる。綱吉の下で奉公する実直な忠臣が登場するのだが、彼らが実に不幸なのだ。読んでいて辛い。その忠臣が被った事件こそが、著者の言わんとしている真相に大きく絡んでいるのだが。 続きを読む

吉宗と宗春/海音寺潮五郎

疲弊した幕府の財政を立て直すべく吉宗が施行した倹約令。この政策で幕府は生き返ったが、人民の生活は潤いを失った。府庫に貯め込むばかりで、通貨が流通しなかったからだ。その吉宗の政策に真っ向から対立したのが、御三家尾張の宗春だ。

宗春は幕府の財政を立て直した吉宗の手腕を評価はしたが、その後も同じ政策をとり続け、民を窮乏させた事を強く批判した。政道は生き物であり、臨機応変に最上の策を施すべきだと宗春は言う。 続きを読む