堀部安兵衛/池波正太郎

高田馬場の決闘で一躍その名を知られ、また吉良邸に討ち入った赤穂浪士の中心人物だ。

しかしこの男、少年時代より目を覆いたくなるような不運を潜り抜けている。父の切腹を目の当りにし、その切腹に追い込んだ男を斬り脱藩。逃亡生活の中で命を救ってくれた男には自分の女を寝取られ、その後は情欲に突き動かされたような放浪生活を送る。安兵衛の余りの情け無さが気の毒に思えてしまうのだが、一方で損得抜きで行動を起こす主人公に対する羨望をも抱く。

一見して不憫だが、そんな半生の中でも後の運命を左右する決定的な出会いもあった。不幸中の幸いとでも言ったところだろうか。長年背負ってきた張り詰めた緊張感をほぐされ、養子として迎え入れてくれる良き縁者にも恵まれ、また関係者たちの働きにより昔年の国もとでの騒動も無罪となった。

無論、安兵衛はそんな彼らに対しては身体を張って義理を通した。高田馬場の決闘もそのあらわれだ。養父が受けた果し合い、1対1のはずだが相手は多数。そこで助太刀をして大立ち振る舞いを演じた。その活躍で高名な剣客となったのだ。長年、安兵衛の敵となり、また味方にもなった奇縁の剣客・中津川祐見との決闘も見ものだ。

物語の高揚感を味わえるのはこのあたりまでだが、安兵衛を語る上でやはり欠かせないのが吉良邸討ち入りだ。一本気な安兵衛は討ち入りを逸る急進派の筆頭だったといえよう。辛抱強く機会を待ち続ける大石内蔵助は安兵衛をなだめるのに随分と苦労したらしい節が見受けられる。しかし、時を得た安兵衛の討ち入り時の活躍は容易に想像出来よう。本書最大のクライマックスと言えるかも知れないが、最も印象に残ったくだりは違う。

討ち入り後、赤穂浪士たちは四組に分けられ4人の大名に引き取られる。ここでの別れは今生の別れとなることは皆が知っている。父子や親友、それぞれが言葉少なに別れを告げ合うところが何とも切なく、やり場の無い悲しさが湿った感情を呼び起こさずにはいられなかった。

読了:2007年 9月

堀部武庸加功績跡碑

写真 写真は新宿区水稲荷神社境内。
決闘の舞台となった場所には「堀部武庸加功績跡碑」が立てられている。

甘泉園の庭園

写真 隣接する甘泉園の庭園。ツツジと紅葉が見事らしいので時期が合えば尚可。

泉岳寺境内、四十七士墓所の門

写真 港区泉岳寺境内、四十七士墓所の門

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