柳沢騒動/海音寺潮五郎

五代将軍・綱吉の後継者問題に一騒動を巻き起こした元凶の人と言われる柳沢吉保。しかし、それは俗説のようで、真相は違うところにあったようだ。

物語の前半は綱吉が幅を利かせている。後世においても悪評高い生類憐憫令や愛犬令などが発令されるに至った経緯などが描かれ興味深いが、そこには綱吉の取り巻きによる権謀術数や彼の人的欠陥が起因しているようだ。綱吉の言動には上様としての資質のみならず、人道的なモラルの有無すらも問わざるを得ない多くの疑問点が見受けられる。綱吉の下で奉公する実直な忠臣が登場するのだが、彼らが実に不幸なのだ。読んでいて辛い。その忠臣が被った事件こそが、著者の言わんとしている真相に大きく絡んでいるのだが。

さて、肝心な吉保だが、ここではまだ影が薄い。

そして後半。水戸黄門でお馴染みの水戸光圀が登場する。彼は挑発的と言っても良いくらいに綱吉の悪政を批判する。行き過ぎた法令に手を焼く市民たちの現状を知る光圀だからこその批判行為だろうが、箱いっぱいに詰め込んだ犬皮の敷物を献上してしまうあたりは痛快だ。綱吉の天下など何程とも思っていないような節が多分に見受けられるが、それではやはり水戸藩は敬遠されてしまうであろう。

ここでもまだ、吉保の影は薄い。

物語の終盤、漸く主人公が頻繁に登場し始めるのだが、何事にも自分の手を汚そうとしない柳沢。存在感があろうはずがない。柳沢騒動という事件自体、私には耳慣れていなかった。そのためか、本書によって事件の真相を得たという実感がないのだが、俗説や真相が云々言うよりも、一つの読み物として高い充実度を感じた。

読了: 2006年2月