孫子/海音寺潮五郎

「孫武の巻」と「孫繽の巻」の2部構成になっている。「孫武の巻」では兵法書の著者とされる孫武が登場。呉と楚が争っていた時代だ。呉に仕えた孫武だったが、物語の前半に孫武の兵法家としての見せ場はほとんど無い。それでも、地形や古代の戦争を丹念に研究する姿に来るべき孫武の、あるいは兵法書の活躍を予感させる。

物語の終盤「孫繽の巻」では孫武の子孫、孫繽が登場。「繽」の字は「糸へん」ではなく「月へん」が正しいらしいが、作品中では著者の意向により「繽」となっている。孫繽の家では家法扱いされていた孫武の兵法書だったが、遊び呆けていた孫繽には興味の無い代物だった。書物の研究に真摯に取り組む友人の熱心な勧めにも乗らなかった。それでも、その友人は孫繽が時折見せる才能の片鱗を認めていた。

そんな孫繽だったが、ふとしたきっかけにより兵法書を貪り読むようになった。孫繽の友人もまた熱心に習得したようだったが、孫繽の場合は理解の幅がまるで違っていた。本書では、兵法を学ぶ者が兵学者であり、現場において臨機応変に動く者が兵法家であると大別されている。孫繽の友人が典型的な兵学者ならば、孫繽は類稀な兵法家だった。

共に学んだ二人だったが、やがて敵対関係となる。孫繽の才能を常に恐れた友人と、その友人を侮り切った孫繽。それぞれが痛い目に合っている所を読むと如何に兵法の運用が難しいかが分かる。戦の駆け引きが「孫繽の巻」の中心だが、この二人の友情が壊れ行く過程が読んでいて寂しかった。

読了:2004年 12月