幕末の医師、松本良順の半生を描いた小説。
長崎帰りの目付・永井玄蕃頭らの計らいにより、長崎でのオランダ医術習得への第一歩を踏み出した良順。オランダ人医師・ポンペに従事し、基礎から実践までを高いレベルで学んだ。
幕府からはそれなりの待遇を与えられ、各地で治療活動に奔走。新撰組隊士や会津藩士など、彼らの負った創傷に対して的確な医術を施し、良順によって救われた命も多かった。
やがて政局が変わり、幕臣としての立場を崩そうとしなかった良順は幽閉されたが数年後に釈放。世間との交信が絶たれ関係者たちの安否が懸念される中で家族との再会を果たし、また旧交を温める傍らで資金を調達し洋風病院を建設。やがて新政府での仕事を得た良順は、全てが好転し始めているかの様に思えたが、相次ぐ肉親の死が良順を苦しめた。
実父、養父、科学を専攻しドイツで活躍する息子、軍医総監として良順の後を継いだ甥の林紀、母、妻、ドイツで医学を学んだ次男。自分よりも若く、将来が期待される者たちが先に死んでゆく心境というのはいかなるものか。淋しさに明け暮れる晩年の良順。
新政府に仕える時に凛とした抵抗感を示す良順、時流に敏感でありながらも幕臣としての忠義を最後まで貫こうとした良順。そんな彼を、余分な表現や不要なドラマを省いて淡々と描く著者の作風が爽やかでもあり、また重くも感じる作品だ。
読了:2008年 10月