黒船/吉村昭

主人公・堀達之助は通詞という、現代で言うところの通訳や翻訳を手がける職能人の一人だった。ペリー来航時には主席通詞として交渉の場に臨んだが、両国の激しい主張を直訳する事をためらい、僅かに表現を和らげてしまうあたりに通詞の泣き所を垣間見た。

重責を果たした堀だったが、その後の人生は決して華やかなものではなかった。国政に反した廉で投獄されたのだ。奉行宛に外国人から受け取った文書を読んだ堀は、体裁、内容共にそれを公の文書として見なさず、自らの判断で自宅に保管したのだが、それを咎められた。

しかし投獄から4年後、堀は特別の計らいによって出所し、蕃書調所で外国文書の翻訳や外国語の教授に務めた。 学ぶべき主要外国語も、オランダ語から英語へと変わっていった。英語の習得にも努めていた堀はやがて日本初の本格的な英和辞書を編纂した。その手法は、英蘭辞書のオランダ語部分を和訳するという離れ業だった。オランダ語に通じた堀だからこそ出来た偉業だろう。しかし、英会話に関しては拙いところがあったようで、周囲の期待に応えきれないところがあった。現代に比べ英語に慣れる機会が少なかった当時の事情を考えると、堀の会話力の拙さは致し方ないと言えよう。それでも、彼が編纂した英和辞書が、幕末日本の英語力向上に貢献したことは容易に想像できる。 人生の節々で、自分が置かれた環境に応じて活躍してきた主人公だが、次第に運気が衰えてくる様子が読者に伝わり、作品終盤には寂寥感が漂っていた。

読了: 2004年 8月