外圧が高まる幕末にロシア、アメリカなどの列強との外交に辣腕を振るった勘定奉行・川路聖謨の生涯を描いた小説。
川路とロシア使節プチャーチンは北方領土の国境問題をめぐり一進一退の交渉を続けた。詳細な事実を収集し、交渉時の裏付けをとるが、プチャーチンも様々な見地から弁論し一歩も譲らなかった。一座は緊迫し何度も交渉が中断された。何やらただならぬ雰囲気が読者に伝わってくるが、同時に日露両国間による心の交流も描かれており、時折微笑ましくさせる。
場合によっては相手の要求をきっぱりと拒否し、また微妙な問題が議題に挙がったときはそれ相応に微妙な言いまわしで相手の勢いをそらせる。だからといって決して悪徳交渉に成り下がらないところが川路の交渉手腕を引き立たせている。
川路はまさに寝る間も惜しんで列強との交渉に勤めていたが、それは幕府に対する忠誠心からだった。育ちや家柄ではなく、あくまで自分の実力を高く評価してくれ、重要な職に抜擢されたことを考えると当然かもしれない。江戸時代も幕末になると封建制が幾分緩やかになっている。
著者は川路の誠実な人柄と老獪な交渉術を賞賛しているが、交渉に当たった人物たちは皆毅然としていて、そういうところは読んでいて実に気分が良かった。川路は仕事絡みの旅のときは自ら酒を断ち、部下にも徹底させていたようだ。
家を空けることが多い川路だったが、それでも常に家族を気遣っているようだった。吉村作品の多くに見られる登場人物の側面である。著者がそう言う人物を選んで書いているのか、あるいは題材として選んだ人物に意図的にそう言った側面を持たせているのか、それは私の知るところではないが。
読了:2000年 11月