自壊する帝国/佐藤優

旧ソ崩壊に直面した元外交官。著者の諜報活動を通して当時の政変の様子が色濃く読み取れるノンフィクションだ。

著者の諜報活動の中で最も印象深かったのが人脈作りだ。それなりの人物に対して人脈を築けるだけの知的体力には嘆息するばかりだが、酒にも強い。人間の信頼度を測る目安の一つに酒を重要視する社会だったようだが、ウォトカと付き合えずに帰国する外交官もいたらしい。そんな中、著者は飲みに飲んだ。

そんな付き合いの中で最も輝きを放った人物がサーシャだろうか。モスクワ大学在学中に知り合った哲学部の学生だが、背筋に寒気が走るほどに頭が良い。彼はまた、危険な橋を渡らんとする活動家でもあった。肩の力を抜き、距離を置いて眺めればこれほど見ていて楽しい男もいないのだが、当事者としてその気になって付き合おうものならば目眩がしてしまいそうだ。

著者の諜報活動は綿密な情報分析に基づいていたようだったが、処理する量・スピード共にめまぐるしい。それでも、本書を途中で投げ出さずに最後まで読み通せたのは、ひとつに文章の読み易さがあったからだろう。登場人物たちによる会話が適度に入る事で小説に近い印象を受け、無味乾燥なレポートとはひつ味違った伝わり方が見受けられる。

著者の諜報活動とは少し違うが、神学について述べられたくだりが多く見られる。彼はもともと神学を専門分野として精力的に学んでいたようだが、筆に力が入るのだろうか。特に、宗教家ポローシンと共にロシア正教や日本の神道について意見を交わすくだりは興味深い。不思議なことに、とても贅沢な文章に触れている気分になれた。

それでもやはり、本書の見所は著者の諜報活動から伺える現場の体温だと言えよう。例えば、ペレストロイカで政界の第一線に登場したゴルバチョフも、当時の世界の注目度から想像していたほど国内では評価されていなかったようだ。確かに反対派から見れば、西側諸国への行き過ぎた配慮と受け取れなくも無い。そんなところに、他メディアから漠然と受ける端的な印象とは違った側面を知り、また勘繰る楽しさをも知ることが出来るのだ。

読了: 2006年7月