青少年時代から桶狭間での勝利まで。「堕落論」で知られる著者の文体によって描かれた信長像が真新しい快作だ。
十代の信長は悪評高い大うつけ。多くの作品で見られる傾向だが、本書の信長も例外ではない。しかし一方で、父・信秀と敵国・美濃の斉藤道三が争う様子を冷静に分析もしている。その分析を表現する著者の文体、またそれを体現する信長の言動などが読んでいて心地良い。敵将・道三についてもまた然り。あるいは信長とは、また道三とは実際はそういう男だったのかも知れないと思えてしまうからだ。
濃姫との掛け合いもそうだ。外交目的の政略結婚である事を感じさせない二人の軽妙な会話はどうだ。現在ほどの人格を認められなかった当時の女性に、夫とは言え信長相手にどこまでも対等に意見を交わさせる著者の人物設定が、二人の関係を爽やか且つモダンに見せている。
また、年代の設定も手伝っての事か、後年の信長が見せる病的な残虐性もほとんど見れらない。周囲の人間に見せる許しの精神が印象的だった。何かと引き合いに出されがちな信長の非人間性だが、武将として駆け出した時期の信長は広く知れ渡ったイメージよりもずっと優しい男だったのかもしれない。
今川を滅ぼし、これから信長の時代が到来しつつある高揚感と共に物語が終了するが、歴史に語り継がれる彼の功績よりも、勢いが出始めた頃の信長が見せる命がけの必死さが何よりも魅力的な作品だった。
非凡な人物でありながら、人間としての強さや弱さをしっかりと見せてくれる信長に時として読者は微笑み、また感嘆の息をも漏らさせる。
こんな信長が、いても良かったはずだ。
読了: 2007年 3月