信長を撃いた男/南原幹雄

史書とは違い、ある程度幅のある展開や結末が期待できるのが小説だが、やはり信長が倒されなかったところにひとつの安堵感がある。タイトルに「撃いた」とあるが、決して本書の主人公・杉谷善住坊は信長を倒したわけではない。

信長と敵対関係にあった六角承禎の依頼を受けた善住坊。鉄砲の名手として知られていた男らしい。信長を狙う機会を得たというだけでも非凡なものを持っていたのかもしれない。しかしこの善住坊、一度ならず二度三度と撃ち損じてしまうのだ。名人なものか。信長が相手ならば、何度撃いても当らなかったのではないかと思えてしまう。鉄砲の腕ではなく、それ以前のもっと根本的なところで信長に負けていたのだろう。

信長が刺客に倒されるところを読みたいのではない。しかし、主人公にどれだけ信長を倒さなければならない強い動機があり、またどれだけ身を削って目的達成に励むのか。その生活が過酷であればある程読者は物語世界に引き込まれる。そしてその中で、主人公を応援したいのだ。

善住坊の場合はどうだろう。六角承禎の依頼を受けたのが動機だとすれば、単なるヒットマンでしかない。六角には信長を恨むだけの理由はあれど、善住坊にはない。依頼されれば誰でも狙うのではないかと思うと、どこか興醒めしてしまうのだ。

読了: 2005年 秋