秀吉による北条討伐も大詰め、北条方の支城が次々と落城する中で唯一不落を通した忍城。大軍で押し寄せる石田三成軍と寡兵で立ち向かう成田長親が繰り広げる攻防戦が描かれた作品。
蓮沼と巨木に囲まれた天然の要塞。地の利に恵まれていたようだが、持ち堪えられた要因はそれだけではない。城代・長親の鷹揚とした性格が周囲に与えた影響も大きかったようだ。籠城が決定した際、小田原に参戦する城主・成田氏長の城代となった長親だが、誰かに恨まれることはないが決して頼られるわけでもない凡庸な男の登場に読者ですら不安を覚える。
しかしこの性格が幸いし、時に籠城に膿み塞ぎ込み兼ねない城内の空気を和らげた。戦に逸る将兵たちの気運を抑える事もあっただろう。軍略に長けた指揮官とはまた違った頼もしさを感じてしまう。際立った才能がない代わりに、長親は周囲の意見に積極的に耳を傾けた。商人のアイディアを採用するあたりにらしさを感じながら、いつのまにか彼の言動に魅力を感じるようになっていく。
一見地味になりかねない物語だが、華やぎもある。美貌と男勝りの性格を兼ね備えた甲斐姫の存在だ。自ら兵を率いて敵将を討つなどして士気を高める事もあったようだが、彼女に振り回される周囲の人間はたまったものではなかったのではないだろうか。長親や側近たちの舌打ちが聞こえてきそうだが、甲斐姫の奔放さがこの作品に花を添えている事もまた確かだろう。
一方、敵方の石田三成はどうか。
三成が豊臣方の武闘派に疎んじられている事を感じた秀吉の親心で、手柄を立てやすい小城に派遣された三成。しかしこの忍城でもまた頭で戦をしてしまう。ほぼ10倍の兵力で包囲したにもかかわらず攻略しきれない三成の惨めさ。上杉軍でさえ攻めあぐねた忍城にあたってしまう不運さ。後の援軍をもってしても落とせなかった事で救われたかもしれないが、攻城作戦の総大将として焦燥感を募らせる三成が不憫でならなかった。
腹を決めてのんびりと構える長親と、常にカリカリしている三成の対決。決して神経戦を繰り広げるわけではないが、地方の小城を舞台にこんな両者が戦かったのかと思うと興味深い。
読了: 2009年12月
写真は埼玉県行田市にある忍城址、御三階櫓。
付近は随分と埋め立てられてしまったようだが、水城公園の豊かな水量から当時の様子を想像してみる。
石田三成軍が陣を張った丸墓山古墳頂上から忍城を望む。
肉眼では見えるのだが・・・