楊家将/北方謙三

舞台は北漢末期(10世紀後半)。物語は楊一族を中心に展開していく。

先ずは周辺諸国との位置関係。楊軍が属する北漢は北の遼、南の宋に挟まれていた。北漢に限界を感じた楊一族はやがて敵である宋に帰順し、遼と向かい合う。

物語には多くの戦闘描写が見られるが、広大な平原を縦横無尽に駆け回る騎馬軍団の動きが良い。目を閉じ場面を想像すると、壮大な光景が浮かんでくるようだった。戦場のスピード感が、私の目を捕らえて離さなかった。

そして登場人物がまたそれぞれに魅力的だった。楊軍には主の楊業を始め7人の息子がいた。長男延平、二郎延定、三郎延輝、四郎延郎、五郎延徳、六郎延昭、七郎延嗣。兄弟を束ねるのが延平ならば、二郎、七郎は勇猛果敢。また、思慮深い六郎がひとりの指揮官として一皮向けていく様子もひとつの見所だ。しかし、私にとって最も興味深かったのが四郎延郎だ。他の兄弟たちともう一つのところで感情を一つに出来ず、常に孤独の陰が付きまとっている。無論、戦場での働きは優れているが、他の兄弟たちが「陽」であるならば、四郎は「陰」であるという著者の例えが印象的だった。また、楊業と同じように宋に帰順した武将・呼延賛も渋い役回りだ。

では敵軍である遼はどうか。特筆すべき将軍は耶律奚低と耶律休哥の二人に尽きると言って良い。「白き狼」と呼ばれ、遼軍でも独立行動権を持つ騎馬軍団を率いる耶律休哥軍と楊軍との闘いは見逃せない。特に、六郎と休哥が戦うくだりの中で、忘れられない一瞬があったので以下に紹介したい。
「馬は馳せ違ったが、お互いの剣は届かなかった。敵が退く。敵の指揮官が、六郎を見てにやりと笑った。」

読了:2004年 1月

その六郎も、続編の「血涙」では楊軍の頭領として登場する。敵軍の耶律休哥も相変わらずの強さを見せ付けるのだが、もう一人、石幻果と名乗る男が耶律休哥軍に就いていた。その男がやがて、楊軍とは戦えない事情を知ってしまい絶望的な苦悩を抱えることになるのだが、それでも戦うことを選択した心が読者には重い。しかし、その「重さ」こそがこの続編の最大の魅力。石幻果の深い葛藤を思うことで、騎馬隊の軽快な動きが前作と違って見えてくるのだ。