大本営が震えた日/吉村昭

太平洋戦争前夜、ハワイとマレーを同時に奇襲する準備を極秘裏に進める日本軍。偽装・情報操作を行いながらの作戦だが、日本軍の最高機密書類を積んだ「上海号」が敵地に不時着することで大本営に緊張が走る。

不時着を知った軍営の焦燥ぶりや、墜落した機体から抜け出し敵地を彷徨う日本兵たちの行動など、その書類の重要度が嫌でも伝わる作品だ。

不時着した機体から生き残った日本兵が宮原中尉、久野曹長、杉坂少佐の3人だ。機密書類を託されていたのが杉坂少佐だが、彼の消息が大本営の最大の関心事だった。杉坂は敵軍の捜索に怯えながら久野曹長と共に友軍への合流を目指す。単独の宮原中尉も同様、命の危険に身をさらしながら軍営を目指すが、その行程には極度の緊張感と疲労感が漂う。

ハワイ作戦は極秘裏に事が運んだようだが、マレー半島上陸作戦を伴う南方攻略にはより多くの困難が伴った。輸送船団の規模の大きさや危険航路の利用など、敵方に察知される要素が多かったようだ。敵味方入り乱れて飛び交う無線通信の情報から時には安堵し、時には血の気を失うような緊張を強いられる。マレー半島への上陸は成功したものの、タイ政府との外交が難航したこともあり、ハワイとの同時奇襲とはならなかった。

開戦前、この両奇襲作戦の全容を把握していたのはごく一部の高級軍人のみだったという。機密書類を託された杉坂少佐はもちろん、真珠湾やマレー半島に向かう軍人たちも詳細を知る事が禁じられ、断片的な命令に従う事のみを要求された。史上に残る大戦争の作戦は、その僅かな人間たちによって決定されたということだ。

ハワイでもマレーでも、戦闘開始の最終局面に入りつつある状況での冒頭の不時着事故だ。その状況で機密書類が敵の手に渡ればどうなるか。作戦を司る当事者たちはその動揺を周囲に見せる事すら憚られたのではないだろうか。外部に漏らせない心の重圧を想像してみると、本書のタイトルが少し重みを増して読者に迫ってくるようだ。

読了:2013年2月