舞台は1960年代の沖縄。地元住民に対して横暴な米兵とそれを黙認する米軍基地。さらに、本土復帰を巡り交錯する当時の人々の様々な思惑が描かれている。
主人公は伊波尚友。英字新聞社の記者だ。英語力と卓越した取材能力を買われ米国の諜報員として働き始める。反戦GIや反米活動家など、米国にとっての不穏分子の動向を報告するのが尚友の仕事だ。
尚友の活動を通して、当時の沖縄の様子が伝わってくる。ベトナム戦線から帰還して荒みきった米兵たち、米兵たちにいいように振舞われやり場のない怒りを鬱積させていく地元住民、「復帰」や「返還」などという言葉に違和感を覚える琉球の民。その表現は政治に利用されていることを裏付けるものであり、当事者であるべく住民たちの意識を鑑みていない。言葉も文化も本土と違うというのなら、彼らがそう感じるのは当然だっただろう。
現在でも時折耳にする米軍基地と地元住民が絡んだ事件だが、沖縄出身の友人の母曰く、
「そんなの昔から日常茶飯事よ」
ということだ。本書が事実に基づいて描かれているとするならば、それも納得だ。
著者の臨場感溢れる描写が作品世界へ惹き込まれる一つの要因だが、何よりも主人公に魅せられる。両親を失い施設で育った尚友が固く自分に誓っていたであろう自分が生きるべき道。搾取される側から搾取する側になるために英語を身に付け、育った沖縄から出て行くこと。幼い頃から誰にも心を開かずに周囲を憎しみ抜いた。そしてそんな頑な尚友の全てを見抜き、彼に嘲笑すら浴びせ得るであろう幼馴染の政信。尚友の神経を逆撫でする存在だが、政信の言動は主人公が放つ緊張感を和らげ作品世界に幅を持たせている。
そして、凍てついた尚友の心に初めて温もりを与えたであろう恋人の仁美。
当時の沖縄社会が克明に反映されているのではないかと思える程のディテールに富んだ作品だ。さらに、それを小説として楽しませるための人物設定。読み応えのある長編小説だが、次のページが待ちきれなく思えるほどの作品の展開力だ。
読了:2008年 7月